茨城県ひたちなか市から福島県南相馬市へ。震災から10年目の街は廃墟だった。

ツーリング

yokonaga

8月21日。ツーリング二日目。

茨城県ひたちなか市からスタートします。目的地は南相馬。

沿岸部を巡っていきます。勿論全て一般道。高速や自動車専用道路は走れません。
高萩にある滝山渓谷、福島に入っていわきの塩野崎灯台。そこから浜通りを走って福島第一原発の行ける限界まで行ってみました。

前半

後半

スタート地点の宿泊地は海が近くで海好きにはたまりませんわ。ほんとに海のそばだったので東日本大震災の時に津波は大丈夫だったのか、女将さんに聞いてみたら、堤防のおかげでギリギリ大丈夫だったということでしたけど、堤防なんて5メートルもなかったけど…

まぁ無事だったなら何よりです。

ちなみにこのへんは東海村も近いです。もう20年以上前ですがここで世界を揺るがしそうになるほどの大事件がありました。

東海村臨界事故。

1999年に3名の作業員の方が死傷する原発関連事故。若い人は東日本大震災での福島第一原発の事故が日本で初めて原発関連の死者をだした事件と思ってるかもしれませんけど、日本初はコッチです。

幸いといっていいかアレですけど

施設外に漏れ出すことが無かったことで世界的な大事までに発展することは無かったですが、これによってひたちなか市を含めた近隣の作物、漁業関係は風評被害で大損害を受けることになります。

もうちょっと内陸ですが、走ってる場所も事故施設周辺です。

北海道以外だと珍しいセコマで朝飯調達。北海道行けばない街を探すほうが大変なほどメジャーなコンビニですけどね。

国道349号をグリーンふるさとラインに入っていくと急に山道になります。
夏場でも下と比べるとグッと寒くなります。薄手のロンティ一枚だと寒く感じたのでb防寒ジャケットを途中で着たら全然問題なくなりました。

走ってるとちょっと寒いなと思った位から厚着したほうがいいです。バイクは止まってから冷えが一気にきます。

滝山渓谷までの道のりはひたすら山道です。特に未舗装の道など無いので走りにくいという箇所はありません。

そうこうしているうちに到着。

滝山渓谷は茨城県民でもマニアックな部類の景勝地とのこと。駐車場ですが、今回は全く人や車が通らないので広い側道に停めました。

車用は松岩寺という神社が200mくらい先にありますので、そこの駐車場が止められるそうです。

ここが混むとは考えにくいので、バイクに関しては近くの側道に停めても問題ないと思いますが、何台も連ねてとめるのであれば前述の神社を使うほうが良いと思います。

看板の遊歩道を入っていきます。道は完全に未舗装。自分が訪れたときに人は全くいませんでした。帰り道もいませんでした。

地元の方でしょうか。下の川で釣りをしてるおじさんがいました。ただ、どっから降りたのか全然わからないほどの感じの道中。

大体500mくらいでしょうか。目的地があるのか不安になるほどの道中。寝袋など入った荷物を背負った状態なのでそれも相まってキツイ。

出発前に荷物は厳選して、リアボックスやシートボックスをうまく活用してこういうことが無いようにしましょう。

とういうことで到着したようです。ここから下に下りますがここも整備はされてるとは言い難い。

とはいえ、出てきた景色はこれまで見てきた中だとやはり水も綺麗でそれなりの迫力は堪能できたかな。

紅葉の季節はさらに綺麗になるそうです。たしかに新緑の季節寄りのこの時期よりもう1か月くらい先のほうがよさげ。

ちなみにさらに上にも遊歩道は続いてるのでもっと上までいけそうですが、今回はここまでにしておきます。この上にも同じような滝があるようですが。

ちょっと人と違った景勝地巡りという事でしたら行ってみる価値はあるかな?という感じ。くるなら秋とか冬のほうが見栄えする風情はありそうです。

片道10分程度歩きます。雨の日はぬかるむと思います足元には十分に気を付けてください。夏場は虫も多いです。気になる方は虫よけスプレーオススメ。

さて、塩野崎灯台に向かいます。

山をおりますので若干の霧に囲まれながら小名浜方面に進みます。

小名浜周辺は東日本大震災でも津波の被害が大きかった地域の一つ。周辺の建物は新しいものが多かったです。というかそれしかなかった。古くからの建物と思しきものは見当たりませんでした。

滝山渓谷から1時間強走って塩野崎灯台に到着。

灯台からの景色を見てみようと思いましたが、コロナのため展望台にのぼることはできません。

塩野崎灯台を目指したのは、この地が昭和の名歌手美空ひばりが病気から復帰をした際の復帰一曲目「塩野崎」の舞台となっていることから。

別に世代じゃないからファンってことは無いんだけどね。知ってるから来てみたって感じです。

記念碑周りでは美空ひばりの曲がエンドレスで流れてました。来てる人も60代以上の世代が多い感じでした。

週末でしたが海で遊んでる人もすくなかったですねぇ。これもコロナの影響でしょうか。近くには売店もありましたけど、忙しそうな雰囲気も感じられず、地元の人通しが話して時間をつぶしてました。

展望台に上れないとなるとここで長居する理由も無いので、この日一番行きたかった福島第一原発周辺に向かいます。

大熊町役場に向かいます。震災であたらしくなっているとのことです。直線距離で福島第一原発まで5kmくらい先だと思います。

役場までの道中は以外に民家があるなと感じましたけど、後から考えると一時帰宅などで綺麗にして結局誰もすんでないのかな…と思いました。

役場周辺になると走る車もやたらトラックばかりになります。

乗用車があきらかに減ってきた。

この時点では明確な変化はとくにわからないまま、大熊町役場本庁舎到着。

かなりきれいな庁舎でパッとみただけだと田舎の風景ですけど、放射線モニターが置いてあったり、やはり原発の最前線の町だと認識できます。

事実第一原発は直線で5km程度しか離れてないです。

大熊町役場。週末なのでお休みです。

線量計は都心と比べておよそ3倍の値を示していました。10年たってもその数値が下がることはありません。

もう少し先に行ってみます。

1kmくらい先に農業高校?ぽい感じの学校があったので立ち入り禁止等の看板がなかったので少し入ってみました。

完全に人の手がついてないような状況でした。草木は映え散らかし、トラクターも砂を被った状態のまま。

10年間放置されたままのようでした。

ちょっとすごすぎて、何とも言えなかった。

更に走ってみると民家も放置されたまま。ここまで来てようやく帰宅困難区域にいることに気づきました。

作業員の方々以外は生身でいるのは自分くらいでした。

さらに先に進んで行くとついに作業員の方から、この先はバイクは通行できないと言われました。

この先通行止めとか書いてなかったので、失礼ながらバイクを走らせていましたが、作業の邪魔をするわけにはいきませんのでここで引き揚げます。

浪江町への行き方を聞いたら5kmくらい手前のローソンまで戻る必要があったので、ちょっとどう行けばいいかわからなかったのでとにかく西に向かいました。

西に向かいながら北上していっても至る所が通行止めでもはやGoogleMapも役に立たないので完全にカンで進みました。

道中も人は一人もいません。信号も殆どが点滅状態。

帰宅困難区域に入ったり出たりしながら、道の駅なみえを目指して進んで30分ほどかけてようやく道の駅近くまでやってきました。

南相馬に向かう最中も廃墟になったお店なんかも至る所にあり、アレから10年経ってもまだまだ復興の兆しは見えないのが正直な感想でした。

この事故の後始末は100年とも200年とも言われています。原発反対と叫んでみても、実際はこの事故が起きるまでは多くの人や企業が大きな恩恵を受けていたのは事実。

原発を完全に無くすのは厳しいと思うけど、原子力とどう付き合っていくかも私たちは考えないといけないんじゃないでしょうか。

そんなことを考えるためにも、一度大熊町、双葉町、浪江町を見てみることを個人的にはオススメします。色々考えさせられます。

後、今も終わる事のない作業を続けていらっしゃる多くの作業員の方々に感謝申し上げます。